【ドキュメント】直木賞発表鑑賞会の裏側【第二部】

さて、前記事で当日までの道のりをご覧いただきました、中学2年生たちが一ヶ月かけて挑んだ直木賞候補作の書評会。
受賞作が決定する選考会を翌々日に控えた月曜日、ついに開催されました。

始まります!



会全体の流れは、
①各人の書評発表 → 質疑応答 を一巡
②第一回投票
③投票結果を受けて話し合い
④第二回投票(総意の決定)
となります。
(投票→話し合い→投票というこのシステムは実際の直木賞選考会で行われているやり方にのっとっています)


書評発表の時間はひとり目安4、5分。
順番は文句が出ないように公平にくじ引きで決めましたがそれでも文句は出ました

Aくんが発表中。


Hくんが発表中。


頷きながら発表者を見ていたりメモを取っていたり、みんな集中して書評を聞いています。

質疑応答の時間。


実は「質問をする」というのも意外と難しいもの。ここで手を挙げることができるのは素晴らしい。



全員の書評発表が終わり、第一回投票。

太って見える白石



投票のあとは結果を受けての話し合い。
自分の推す作品についてアピールしたり、気になる作品についてさらに深く担当者に質問したりします。



議論を活発化させようとあっちからこっちから突っ込んでくる講師。


発表の緊張感が尾を引いてか序盤は固い雰囲気が拭えませんでしたが、
講師の呼び水も効き次第に自由な発言も増え、最終的にはいつものようにフランクな空気で候補作について議論ができました。


そして、第二回投票。

この投票で総意が決まります!




二回目投票を終えた直後の様子がこちら。
ぶ厚い本、慣れない書評、一ヶ月に渡る戦いがついに終わりました。わかるよその気持ち、、おつかれさま!!
(モザイクの下めっちゃ笑顔)

解放感。





それでは、簡単な感想にはなってしまいますが、
それぞれの書評について白石からお話させていただきたいと思います。


独ソ戦時ロシアに実在した女性狙撃隊を題材に、家族の仇を討つため狙撃手となった少女の半生を描く逢坂冬馬の『同志少女よ、敵を撃て』
この本はふたりの生徒が担当しました。
Tさんは「これはどういう物語であるのか、何を描こうとしているのか」という書評の肝になる部分をしっかりと掴み、全体を俯瞰して客観的に分析できていました。
「ドキュメント的な戦争ものとして読むのではなくフィクションと理解して読めば楽しめる」「ラストに救いはあるが、戦争の悲惨さが感想として先立つ」など、総評のまとめ方、言葉選びもとても上手でした。
続いて発表してくれたTくんは、Tさんの書評をふまえもう少し具体的なエピソードを取り上げながら、それらがどんな効果を生んでいるのか、そこから描き出されるものはなんなのか、きちんと読み取り説明してくれました。
彼はいつも「読む(聞く)人を楽しませよう」というサービス精神あふれる文を作るのですが、今回も随所にユーモアを盛り込んだ楽しい書評を書いてくれました。



泰平を求め技を磨く石垣職人と鉄砲職人の生き様を描いた戦国小説、今村翔吾の『塞王の楯』を担当したTくんは、メインストーリーを過不足なくまとめながら、その裏にある主題を正確に読み取り、情報量についての見解や恋愛エピソードの役割なども含め、聞く側に作品の要素をしっかりと伝えてくれました。
「リアリティやエンタメ性を追求した作品」という総評はまさしくその通りで、言葉選びも素晴らしかった。また質疑応答の時間に説明してくれたクライマックスシーンについては、語気に「面白かった」という本人の熱も加わって作品の魅力を十分表現してくれました。



大学病院を舞台に遠隔手術ロボット“ミカエル”を巡る天才心臓外科医たちの葛藤を描いた柚月裕子の『ミカエルの鼓動』
評してくれたAくんの書評からは、自分の意見から離れて客観的に捉えようと努める姿勢が言葉の端々に見られました。
章ごとにテーマを要約しながら登場人物と大きな流れをわかりやすく説明してくれ、その中でもクライマックスである手術シーンについては「自分が手術室にいるかのように読める」と臨場感を伝えてくれました。また、前半を難しく感じたことをふまえ「自分は推さないけど」としながら、あくまで客観的立場から「推さないわけにはいかないと思う」という結論で結んだ判断も素晴らしかったです。



籠城が続く有岡城で次々と起こる不可思議な事件に城主荒木村重と囚われの黒田官兵衛が挑む歴史ミステリー、米澤穂信の『黒牢城』
担当してくれたHくんは会の直前まで書評に取り組んでいました。頭の中では理解できていても人に伝える言葉として紡いでいくことが思いのほか難しいことをじっくりと経験してくれたことと思います。
自力でまとめる自信がない部分には与えられたアドバイスを素直に取り入れ、咀嚼した上できちんと形にしてくれました。あらすじのまとめ方などに講師のサポートはありましたが評価の内容はもちろん彼の独力。「各章で解決していった事件に実はひとりの黒幕がいるという展開が面白かった」「部下の感情がほとんど描かれていない点については惜しいと感じた」と、自分の言葉でしっかりと評してくれました。



娘の死や社会との隔たり、病や家庭の不和など、それぞれに抱えた悲哀とともに生きる30代男女のリアルな日々が綴られた彩瀬まるの『新しい星』を読んでくれたKくん
今回の候補作の中で一番短い短編集でしたが、故に大きな起承転結がなくテーマも見えにくく、つかみどころの難しい作品でした。ある意味ではどの候補作よりも書評に苦労する本だったかもしれません。
しかし本当によく読めていました。「終始波が少なく静かに物語が進む」とはなんとも適切な表現。魅力的に感じた一人の人物に焦点を当て、彼について語ることで物語の核心を説明する流れも上手でした。
淡々と続く様々なエピソードから「登場人物の感情の変化をうまく描けている」ということを確かに感じ取り、評価できたのは素晴らしいことです。


全員がしっかり書評と呼べるものを仕上げてきたこと、それぞれの観点で作品と向き合い評価を持ってくれたことに半ば驚きながら、本当に感心しました。一ヶ月、よく頑張りました。
自分とは違う評価をおもしろく聞けたり自分にはなかった解釈に触れられたり、私にとってもとても有意義な会になりました。 


クラスで一致した予想は前回の記事にもある通り、
今村翔吾『塞王の楯』でした。


Tくんの発表の充実した内容に加え、取り立ててマイナス要素が語られなかったことも理由かな、というのがオブザーバーとしての印象です。
質疑応答の時間に砕けた雰囲気の中でアピールできたのも大きかったでしょう。

結果は(『黒牢城』とのW受賞ではありましたが)みごと予想的中。素晴らしい!!
浅田次郎や北方謙三、宮部みゆきなどのベテラン作家たちの選考と同じ作品を選んだのだという事実をぜひ自信にしてもらいたいです。
ちなみに白石は“置きに行った”予想で柚月裕子の『ミカエルの鼓動』を本命にしていました。今回は生徒に完敗です。
おもしろいものを素直に「おもしろい!」と推す尊さを思い出させられました。 


 

さて、苦労させて時間をかけさせて、国語の授業でなぜこんなことをしているのか。
「白石がやろうとしていることはなんなのか?」
此度の書評のように、みんなは読解してくれているでしょうか。

それについては、また後日!